2014年04月08日

バグダッド・カフェ - 映画の記憶



挿入歌「コーリング・ユー」があまりにも有名な映画、バグダッド・カフェの、ディレクターズ・カット版。

ラスベガスまで240キロの街、バグダッドのガソリンスタンド、兼モーテル、兼カフェが舞台の物語。
街といっても砂漠の真ん中で、ここしかない。長距離トラックの運転手さんが常連なだけで、モーテルの泊まり客はほとんどいない。掃除も行き届かない、荒野の寂れた雰囲気を醸し出している。
経営者の女主人ブレンダは、常にイライラし、夫に子供、客にまであたり散らしている。

そんなところに、ドイツ人女性のジャスミンが現れるところからストーリーは始まる。
ジャスミンは、その直前、夫婦でアメリカに旅行してたはずなのだが、夫と大げんかして別れたばかりである。

一言で言うと太ったおばさんのジャスミンだが、とにかく可愛らしい。
ストレス満載のブレンダは、長期に滞在しそうな様子のジャスミンに不安感丸出しで、怒りをぶつけるのだが、徐々に心をゆるしていく。

大きなドマラもなく、淡々と進むストーリーなのだが、場面場面に何か心に残るものがある。

そんな場面をいくつか紹介したい。

ジャスミンは自己紹介の時、気の置けないと感じる人たちには「ムンシュテトナー」とかたくなにいいはるのに対して、ブレンダの娘フィリスのように無邪気でイノセントな人には「ジャスミン」と名乗っている。

ジャスミンの部屋にあった男物のひげ剃りやズボン、これを見てブレンダはジャスミンを怪しげだと思うのだが、ひげ剃り道具とか何を意味していたのか、ジャスミンな何に使っているのか、DVDを視終わった後も理解できず謎だった。だいぶあとになり、あれは別れた夫の鞄と間違えたものだとわかって、納得した。後に重要な役割を果たすことになる「手品・セット」も夫の持ち物だったわけね。

ブレンダの留守中に、よかれと思いオフィスの大掃除を始めたジャスミン。奇麗になった結果をみたブレンダは猟銃を持ち出すほどの怒りの頂点。元に戻せと命令するが、いざ戻そうとすると「しょうがないな」といいたげにやめさせる。その後はフィリスが帰ってきて靴のまま足をデスクにあげると「汚すな!」。常連客に「模様替えした?」と聞かれれば「いいでしょ」とご機嫌。

遠くから双眼鏡で「おお、ブレンダ」とつぶやきながら様子を見るブレンダの夫。喧嘩して自ら出て行ったのだが、気になってしょうがない。

ルディ・コックスの絵のモデルになったとき、「マジック」と言って乳房をみせる。

ピアノが大好きな、息子サロモが弾くバッハのプレリュード。「ドイツから来た」と言ったジャスミンに「やっぱり」とピアノの前に飾ってある肖像画を見る。「やっぱり」は戸田奈津子さんの訳。実際は”I knew it"、とっても戸田さんらしい。

保安官のアーニー、ブレンダがジャスミンを怪しげな人間が来たと通報するのだが、ビザもパスポートも問題無しと退ける。ブレンダとジャスミンが打ち解けて、手品でカフェが繁盛したときには「不法滞在行為」としてジャスミンをドイツに帰す。純公務員的な立ち回りで、行動がブレンダの思いとは真逆なことしかしていない。

刺青彫り師の女性デビー、ジャスミンがくる前からモーテルに長期滞在していた。ジャスミンが来たおかげでカフェを含めて賑やかで、暖かい雰囲気になったところで出て行った。
都会的なデビーにとって、当初のカリカリしたデビーと殺伐とした店内、刺青以外は自分とあまり関わらない距離感が居心地よかったのであろう。ある意味ジャスミンと対局にある人。

バックパッカーのエリックが投げるブーメランのシーンが何箇所か出てくる。ブーメランはジャスミンが戻ってくる事を示唆していたのかもしれない。

いま起きていることに間違いはない、というのか、心ある行動は決して無駄にはならないとでも言おうか。
シンプルで、(失礼な言い方かもしれないが、心かの賞賛の意味を込めて)お金もかけていない映画だが、とても心に残る、アメリカ版「寺内貫太郎一家」のような作品でした。

それにしても、「コーリング・ユー」と「プレリュード」がとってもマッチしていました。
間違いなく好きです。




posted by Kay at 22:52| Comment(1) | 映画の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月03日

虚栄のかがり火 / The Bonfire of the Vanities - 映画の記憶



年明けに何かテーマを決めて決めて映画を視たいと思い、懐かしさもあって、ちょうど私の大学生時代、80年代公開のものをまとめて視聴しました。そのうちの一本です。

「虚栄のかがり火」

この邦題は 原題:"The Bonfire of the Vanities" の直訳になってますすが、しっくりはまったいいタイトルです。

まさにこの年代を象徴するようなストーリーです。こういうコメディが最近ないのは寂しいかぎりです。

メラニー・グリフィスは私の好きな女優の筆頭と言ってもいいくらい。
なんと言っても声がすてき。どんなに悪役でも許してしまいそう。それなりにスタイルもいいのに、ねっとりとしたウェットな色気がないところもいいですね。

この映画は、出演者も、トム・ハンクス、ブルース・ウィルス、モーガン・フリーマンと超豪華。
きっと当時はそんな風には思っていなかったんだろうな。

ウォール街のエリートトレーダー、シャーマン・マッコイ(トム・ハンクス)が、妻に内緒で、不倫相手の人妻マリア(メラニー・グリフィス)を空港に迎えにいく。密会の場のアパートに向かう途中、ブロンクスに迷い込んでしまいます。

ブロンクスは、マンハッタンの北東に位置する、ヒップホップ誕生の地。国籍入り乱れた住民も多く、当時、かなり治安が悪かったと思われます。

案の定黒人の若者2人にからまれ、逃げようとしたときにひとりをはねてしまいます。運転していたのはマリア。

この事件がきっかけで、かねてからくすぶっていた人権問題に火がついて宗教指導者のベーコン牧師(ジョン・ハンコック)を筆頭に、地域の黒人が団結して運動を起こします。
悪い人はいるもので、ここに目をつけた地方検事のエイブ・ワイス(F・マーリー・エイブラハム)は、自分の市長選に利用しようとします。この事件を告発することで、白人を敵にまわし、ブロンクス住民の表を獲得しようとしたのです。

アル中で冴えない新聞記者のピーター・ファロー(ブルース・ウィルス)は、あるきっかけでこの事件を知り、記事を新聞に投稿します。一面を飾った記事は瞬く間に話題となり、人生の絶頂だったシャーマンは容疑者として逮捕され、その日を境に、転落の道へと転がり落ちます。
逆に、体たらくだったピーターの生活は一転して華やかな方向に向かいます。

人生は虚栄をもってしまったら、滅びるのも早い。はたまた、どんなに成功しても謙虚に生きることを怠ると、いろいろな災難が起こりますよ、というストーリーになってます。

この作品はそういった教訓っぽいものを含む一方、もうひとつ、強烈に感じることがあります。

地域社会と家族の絆の大切さです。

ブロンクスは黒人街ゆえに団結し、それが正義であれ悪であれ、対立する白人社会を攻撃します。

家族は、ちょっとした出来心からの不倫や浮気でもろくも崩れる夫婦がある反面、親子は限りなく太い絆で結ばれているという事実が、この映画にある隠れたメッセージのような気がします。

それは、妻に三行半、信じていた愛人のマリアには、その奔放さゆえに、あっさりうらぎられて自暴自棄になったシャーマンに父親(ドナルド・モファット)が声をかけるシーンに現れています。

厳格な父がてっきり説教をしに来たと思ったシャーマンは、

「僕の仕事も服装も生き方も金も、気に入らないんだろ?そんなことを言いに、わざわざ」
「説教なんてまっぴらだ!」

と、半ばやけになり突っ掛かる。そんなシャーマンに父親は、言いだしにくそうに、容疑者となった息子に語る

「わたしも母さんも、お前を助けたい」

「お前はわたしたの息子だ、だから言いにきた」

「おまえを愛してる。母さんもわたしも」

犯罪という特殊な状態におかれてはいるが、どこにの家族にもある息子の反発に、父親が無条件の愛を愛を告白している。

そして、裁判所の判事レオナルド・ホワイト(モーガン・フリーマン)は、判決に不服で「正義はどこにいった」とザワつき荒れる法廷内に、

「静粛にして、座れ!」
「よく考えるがいい、皮膚の色に何の関係がある」
「法廷で偽証する証人、そういう証人を法廷に引き出す検察、政治的野望のために人間をエサのように大衆に投げ与える検事、自己の利益を狙う恥ずべき聖職者」

「それが正義か?」

「正義とは法だ」

「法とは人間の節度の原則を定めようという、ささやかな努力だ」
「節度、それは取り引きでも金儲けでも人をだますペテンでもない」

「節度、、それは、おばあさんから教わるものだ」

「そして、君らの心の一部だ」
「さあ、帰るんだ。帰って節度のある人間になれ。節度のある人間に」


節度 - Decency と言うワードを何度も繰り返し、あたかも説法のように地域、家族の結びつきの大切さをを発したエンディング、これは今の日本にも当てはまっていると思います。
いじめ、暴力、学校での体罰問題や希薄になったご近所関係、どれをとっても Decencyの欠如が根底にあるのではないでしょうか。そこに、この映画の隠れたメッセージがあるように思います。

視終わったあと、「モーガン・フリーマンに直で怒られたい」とさえ感じました。

それにしても、トム・ハンクスもモーガン・フリーマンも若い。なによりブルース・ウィルスの髪がフサフサしているのに感動しました。





posted by Kay at 13:17| Comment(0) | 映画の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月02日

理想の恋人.com / Must Love Dogs - 映画の記憶




ダイアン・レインの文字が見えたとたんに手にしてました。
「アウトサイダー」で一目惚れ状態。ボクの学生時代のマドンナでした。
素敵に歳をとっていることが、嬉しいです。

たしかに、ストーリーとして、煮え切らない感じがあるのは、否めなめません。
しかし、そんなことはどうでもいいのです。

彼女主役で、最後にホロリとさせていただいただけで、ボクとしては100点です。

数ヶ月前に離婚したサラ(ダイアン・レイン)は幼稚園の先生。おせっかいな家族が、傷心して引き籠もり気味の彼女に、もう一度積極的な恋愛するように働きかけます。
姉キャロル(エリザベス・パーキンス)、妹クリスティン(アリ・ヒリス)、弟マイケル(グレン・ホートン)、父親ビル(クリストファー・プラマー)は結託して、彼女の家に押し掛けてはいろんなタイプの男性の写真を見せて、面白がります。
キャロルとクリスティンが、サラに内緒で、勝手にネットの出会い系サイトに登録するところから始まるストーリー。
ジェイク(ジョン・キューザック)もバツイチ。こちらも友人がお世話をやいて、本人に成り代わりサイト登録。

出会い系サイトといっても、日本とは違い、それほどエッチな側面はないようで、純粋に結婚相手探すためのサービスのようです。
そういう意味では、昨今の婚活ブームの活動に近いですね。

原題 " Must Love Dogs " は、このようなサイトで相手を探す条件指定として使う言葉です。
これに「理想の恋人.com」の邦題は、結構いいセンスを感じます。

理想の恋愛が、すれ違いの中で、どういう形で表れるのかという主題もあるかと思いますが、ボクの一番のツボは「家族」でした。

本当にこんな家族があるのかどうかは別にして、ボクは、憧れます。

おせっかいで口数の多い姉妹。お茶目な弟、未だ老若問わず精力旺盛な父親。
昭和のお茶の間ホームドラマのアメリカ版といってもいいでしょう。

ロマッティック・コメディは、難しいこと抜きにして、このくらいの、ふんわり感がいいのです。





posted by Kay at 10:06| Comment(0) | 映画の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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