2013年04月27日

ホリディ / the Holiday - 映画の記憶



ナレーションを引用して、

"Welcome back, Cameron Diaz!!"

と言いたい作品です。ゴージャスでセクシーな彼女も、もちろん、好きですが、やっぱり彼女の魅力の王道はこういう映画なんだな、と改めて思いました。

アメリカ L.A.とロンドン郊外のホームエクスチェンジ。
アマンダ(キャメロン・ディアス)は映画の予告編制作会社を経営するセレブのキャリアウーマン。
一方、アイリス(ケイト・ウィンスレット)は新聞社に勤めるライター。

年の暮れもも押し迫ったホリデーシーズン、この対照的な2人が、これまた、対照的なお互いの家を交換します。
そんな2人に共通しているのは、惨めなハートブレイクをしたばかりということ。

男女問わず、恋愛の始まりは、相手を詳しく知ることはなしに落ちてしまいがち。ふらちな男でも好きになってしまったら、細い鎖の糸でハートのまわりの細胞を固定されてしまう。
ほとほと愛想つかして、三行半を突きつけても、たらたら未練を残すか、同じような人とまた出会ってしまって好きになってしまうものです。
そんな2人が、立ち直りをかけて環境を変えようとするのですが。。

突然ですが、私はバツイチです。
14年の結婚生活を振り出しに戻した当時、抱えてる仕事が大きすぎて土日もない生活でした。
奇跡的に一日だけ休暇ができました。
何をしようか悩み抜いたあげく、図書館に行こうと思いました。しかし、ほぼ年中無休の図書館が、その日に限って休館日でした。
どこまでツイていないのかと思いながら、とぼとぼと、商店街を歩いていたら占い師が座っていて、自書の出版キャンペーンだからタダだと言うので、見てもらいました。
聞きもしなかったのですが、話しは恋愛の方へ。占い師の言葉は以下の通りでした。

「あなたは、おとなしくて従順な可愛らしい女性を求めていると思います」
「ですが.............、諦めてください」
「あなたが好きになる女性は、必ず、どこかにしっかりとした芯があって、強い女性です。」
「万が一、求めている女性に出会えたとしても、、豹変します」

細胞に絡み付いた鎖の糸を断ち切るのは、本当に、難しいことです。

アイリスがL.A.まで追いかけてきた脳天気な二股男の男ジャスパー(ルーサス・に、堪忍袋の尾が切れたとき、
マイルズ(ジャック・ブラック)が、モデルの彼女からの「ほんの気の迷いだったの、許して」という言葉を断ち切る瞬間、
アーサーのこれまでの栄光への固執、
アマンダの場合は、自分自身の過去に縛られた恋愛観からの脱出。

どれをとっても、自分自身を取り戻すには多大なエネルギーが必要です。ですが、それを振り絞って、
くそ恋愛からの奇跡の復活をして、新しい人生を始めるのです。


奇跡の復活をする時期が、私にも、訪れるのだろうか。







posted by Kay at 12:06| Comment(0) | 映画の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月22日

プラダを着た悪魔 / The Devil Wears Prada - 映画の記憶



ちょっといいですかぁ?一言。
本題の前に。

これ、ラストのシーン直後の私の、崩れ落ちながらの、つぶやき。


「メリル・ストリープ……。  かっこいい」

あらためて、素晴らしい女優ですよね。
派手なキャラから地味なキャラまで、シリアスものからコメディまですべてにハマった演技です。

若い女性たちに支持され、大ヒットした作品です。
彼女達はどういうところに共感をもったのでしょう?

もともとファッションになど興味もないが、夢を仕事に求めるアンドレア(アン・ハサウェイ)?
それとも、数百万人の人が憧れる理想の仕事をしているミランダ(メリル・ストリープ)?

"To jobs that pay the rent"(家賃稼ぎの仕事に)

アンディ(アンドレア)が彼氏とその仲間たちと一緒に就職祝いをしたときに、にそういって乾杯しました。

そもそも、仕事というはそこから始り、そこに終わるものかもしれません。
そうである仕事に、いかに人生を結びつけるかが人それぞれなのですが、そこが生きる醍醐味です。

実はこの映画の感想を、何人かの若者たちに聞きました。
意外な事に、彼らが一番に上げたシーンは、アンディが、ミランダの右腕であるナイジェル(この人、設定はゲイなのですが)に「認めてくれない。嫌われてる」と泣き言を言ったときの、ナイジェルの一喝でした。
「オレの問題じゃない。辞めれば」
と、素っ気なく突き放します。
「きみは努力していない。グチってるだけ」
「ミランダは自分の仕事をしている」
そして、
「Wake up "6"!」
これ、後にキーになる言葉。

今の時代、夢を持つ事なしに、持っていてもあきらめて就職する人が多いでしょう。
しかし、努力することは重要です。
やりたくない仕事だとしても、こなしていくうちに、自分の得意分野だったり、生きがいに変わって行くものです。
それは、「他人に自分の存在を認めてもらいたい」というのが、すべての人の本質だからです。

ナイジェルにたしなめられたアンディは、努力します。
彼女にとって、その努力こそが「靴」や「スーツ」や「バッグ」から始めることだったのです。

人の恋路に首を突っ込むやつは云々、、とは言いますが、
その努力も理解せずに、誕生日くらいでグズグズというボーイフレンドも小さい人間だと思います。
(それだけの原因ではないとは思いますがね。小さいことは確か)

作家の志茂田景樹の言葉がツイッターで話題になってますが、その中の一つに、
「会社が自分の理想と違うので、やめたいと思うのです」
という若者からの質問に、
「不満が出るという事は、仕事に慣れてきているという証拠。もう一年努力して気持ちが変わらなかったら、そうしなさい。」
という回答でした。

その通りだと思います。

そもそも、アンディの場合はジャーナリスト志望という自分を持っていて、ミランダの下で働いて実績が出れば、あらゆる扉がひらく、それだから頑張ると父親に言っています。

prada01.jpg

パリのホテルで、ナイジェルが自分の昇進をアンディに知らせ、シャンペンでついで「サイズ"6"」と呼んで乾杯しようとすると、アンディが
「”4”よ」
とナイジェルをびっくりさせるシーンがあります。
若干聞き流してしまいそうな会話ですが、興味のなかった業界で、仕事としてサイズを6から4に下げたアンディ努力です。

最後の方、タクシーの中で、ミランダがアンディに
「こんな事を言うとは思わなかったけど、あたたはわたしとよく似ている」
と言います。

それは、自分を成長させ、先に進もうとしたこと。人が何をもとめ何を必要としているのかを超えて、自分のために決断、この世界では不可欠な決断をしたということである。
加えて、ミランダが本当に鬼ならば、ミランダ下ろしのクーデターを察知したアンディが、なりふり構わずに自分に会おうとする行動をみっともない、鬱陶しいと思い相手にしなかったでしょう。
しかし彼女は、それも含めて「わたしとよく似ている」と言ったのです。自分の中にも、かつて、そんな情熱が存在していたのだと。

それに対し、「わたしは違う」ことにアンディは気がつきます。
私は、それが、ナイジェルの昇進を踏むにじった事や、先輩アシスタントのエミリーを踏み台にしてパリに来たという事が直接の原因ではないと思ってます。

おそらく、決定的な違いを感じたのは生き方と仕事の過程でしょう。誰もが憧れる自分の夢とイコールの仕事をし続けてているミランダと、成長のステップとして捉え、夢を決してあきらめていないアンディの違いなのではないでしょうか。

最後、出版社に就職が決まり再出発したアンディが、街でミランダとぱったり合います。
気さくに手を振るアンディと仏頂面でクルマに乗り込むミランダ。

私には、振り替えそうとした手をサングラスに持って行ったのだと見えました。

そして、クルマの中でにっこりしたミランダは、素に戻って「なにグズグズしてんのよ」とばかりに運転手に向かって

「Go!」

そう、仕事も恋愛も人生も、どんなときも「Go!」なのです。







posted by Kay at 15:54| Comment(0) | 映画の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月21日

17歳の肖像/An Education - 映画の記憶


バナナはないだろ。バナナは!下ネタ専門の漫才師でもあるまいし。ニヤニヤしながら小道具持ってくんな。
それに、スベってるだろ!スベったら自分で後始末しろ、この甲斐性なし!
「ミニー」ってなんだ。キモイんだよ!

という具合の突っ込みどころ満載の映画です。



そもそも、出だしからジェニーの家族が出てきたところで、
「こんな父親のもとで暮らしたくないわ」
と思ってしまって、まんまと作品にのめり込んでしまっている自分に気付き、興ざめした次第です。

さて、本題です。
ロンドン郊外の学校に通う、成績優秀な女子高生ジェニー(キャリー・マリガン)が、詐欺師まがいの中年ダメ男
デイビッド(ピーター・サースガード)にそそのかされて恋に落ちるが、化けの皮がはがれ、我に返ったジェニーが自分の道を取り戻す物語。

でもね、登場人物の設定がうまい。

分かっちゃいるんだけど、いい人だと思った人がワルだったり、嫌なやつだと思ってたら根は寂しがりやで優しかったり、いまいち冴えないやつは冴えないまんまだったり。

16歳の少女といえば、心の中をロマンティックな花束でいっぱいにして将来を夢見る年頃。いつの時代もそれは変わりません。後先考えずに学校を自主退学する気持ちになるのも、分かる気はします。
また、われわれの様にいたってメリハリのない生活をしていても、デイビッドのようなヨコシマなおっさん(若者も含める)を、「いたよ、ここにも」とばかりに、知り合いの中から、容易に見つけることができます。ま、程度の差はありますけどね。

しかし、事がややこしくなってからの対応は、関係者それぞれのドラマがあるのだと思います。

ジェニーの父親ジャック(アルフレッド・モリーナ)は学歴コンプレックスがある口やかましい人間で、母・マージョリー(カーラ・セイモア)は「なんでこんな夫、選んだんだろ」思うくらい、一見、良識のありそうな人。
デイビッドに妻がいる事が発覚し、傷ついた娘に対する2人の反応は大きくちがう。
ジョリーは、ほぼほったらかしで「時が解決するであろう」タイプなのに対し、ジャックは自分の取ってきた虚栄としての行動がデイビッドに騙される結果になった事を詫びて、娘の気持ちを案じる。
持っていったところで、食べはしないと分かりきっているのに、紅茶とケーキを手にもってドア越しで、弱々しく語りかける父親を想像すると、ジェニーでなくとも泣けてくる。

校長はいかんね。見た目は一番頼りになりそうなのに。
ジェニーのフランス旅行が噂になったとき、事が大きくなり大切なものを失うようなら他校に移ることになる、と問題が起こってもいないうちから早々とサジをなげる。
結婚を決めて自主退学を申し込んだとき
「女性は大学を出ないと何もできない。教養があれば教師になれる」
という校長にジェニーは
「勉強も教職も退屈」
といい教育する事の意義を問う。そのときの校長の回答は
「教員のほかにも公務員にもなれるわよ」
もっと、熱意と誠意ののある説得はできないものですかね。
これでは生徒の心は動かせません。
真の教育者だったら「傷ついて、災難が降りかかることがあっても、私が守ってやる」くらいのことは言ってしかるべきだろ!
「今の疑問への答えは用意しておくべきだわ」
ジェニーの勝ち。
ここまできて、これって時代の設定は何年くらいなのだろう?と思って調べた。
リン・バーガーという作家の自叙伝なんですね。なので1960年代、おそらく。
この時代設定だったら、ある程度、仕方がない時代だったのかな。。とおもいつつも、
棄てられて落ち込み復学の相談をしたとき、自分が間違っていたことを素直に認めて謝ったジェニーを、どや顔で追い返す始末。おおよそ教育者とは思えない。

それに対し、担任のスタップズ先生は、将来有望なジェニーに本当の意味で大学に言ってほしいと願っていた。
「先生の生活は死んでいるも同然」というひどい言われ方をされても、密かにジェニーの行く末を心配している。
校長から復学を絶たれたジェニーが訪れたのはそんなとき。
「できの悪い生徒の小論文を読む事と家事をする事だけが人生」と馬鹿にしていたスタップス先生の暮らしが、あまりにも自分の理想とマッチしていたのに驚きを隠せない。軽蔑のまなざしでしけ見られていなかった教師が、
「助けてください」
という、心からの教え子の心の叫びに
「それを待っていたのよ」
と応じ、ひかりり輝く瞬間である。

若者が背伸びをしてタバコを吸う光景は、何時の時代も醜いものです。しかし若者側の視点からはそれが「イケてる」と写る。

代償は少なくなかったかもしれないが、ジェニーも短い期間でいい教訓を得てよかった。

ビデオテープだったら早回ししたくなるシーンも多かったけど、素晴らしいシーンも多かった。


でも、


バナナのカットは、本当にいらないと思った。



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posted by Kay at 13:53| Comment(0) | 映画の記憶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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